横浜市
デ ザイン思考・システム思考による行政サービスやサイト・アプリの企画とデザイン(横浜市子育て応援サイト・アプリ「パマトコ」を例にして)
横浜市最高情報統括責任者(CIO)補佐監 福田次郎
編著者:

デザイン思考・システム思考は、これからの行政サービスの企画・設計、特に市民のニーズを捉えたデジタルサービスの企画・設計に有効な手法です。
横浜市は、子育て世帯に優しい都市を目指しており、2024年7月に子育て世帯向けサイト・アプリ「パマトコ」をリリースしました。このアプリは、子育て関連手続きをオンライン化し、電子母子健康手帳機能や子育てに関する情報・イベント情報提供など、多くの機能を提供しています。
本稿では、「パマトコ」のサービスの企画と基本設計からリリースまでのプロセスにおいて、デザイン思考やシステム思考をどのように活用したのか、その取り組みを解説します。
■関連フレームワー ク
WCA
バリューグラフ
■背景・問題
横浜市は、人口減少局面に突入しています。人口の減少は財政悪化や市民サービスの低下につながるため、子育て支援の強化が重要な課題となっています。同時に、少子高齢化により生産年齢人口が減少し、高齢者の比率が増加している現状では、少ない行政職員で効率的に市民サービスを提供する仕組みが求められています。
妊娠や出産、子育てにかかる負担を軽減して、子育て世帯を応援し、子育てしやすい街を実現することが横浜市の重要な戦略目標となりました。その施策の一環として、スマートフォンを活用したオンライン手続きの導入や、妊婦や子どもの健康管理の電子化、母子手帳のデジタル移行を通じて、保護者の負担を軽減することになりました。
■起こした変革
「パマトコ」は、子育て世帯を対象としたサイト・アプリです。当初は、既存のパッケージやクラウドサービスの転用も検討されましたが、子育てにおけるさまざまなシチュエーションでの多様なニーズに応えるため、0からニーズの分析を行い、サービスをデザインして、システムに必要な機能・要件を設計して構築することになりました。
デザイン思考は、ユーザーのニーズを理解し、創造的な解決策(サービス)を生み出すプロセスであり、システム思考は、問題を全体的に把握して論理的な思考で解決手段(ソリューション)を見出すプロセスです。これまでにない、新しいサービスを企画・設計するのに有効な思考の方法(メソッド)です。
子育て世帯を対象として、さまざまなサービスを統合して提供するサイト・アプリは、本市において前例がない新しいサービスであり、市民のニーズに沿ったサービスを確実に実現するため、このデザイン思考・システム思考の手法を取り入れたサービスの企画・設計を行い、実装までの検証を行いました。
デザイン思考・システム思考を適用したことにより、サービスデザインとシステム開発、そのマインドセットにおいて、以下のような変革をもたらしました。
サービスデザインにおける変革
市民中心のサービスデザイン
従来の行政サービスは、行政側の視点で設計される傾向がありました。しかし、デザイン思考を取り入れることで、市民のニーズや課題を深く理解し、それを起点としたサービスデザインへと変革しました。
共創によるデザイン
市民や職員を巻き込み、インタビューやヒヤリングを通じて、共にサービスを創り上げていくスタイルへと変化しました。
継続的な改善
一度作ったサービスをそのままにするのではなく、利用状況やフィードバックを収集し、継続的に改善していくサイクルを確立しました。
システム開発における変革
アジャイル開発
自治体のサービスシステムにおいて、検討に応じた仕様の変更や、ニーズの変化に柔軟に対応できるアジャイル開発を実現しました。
プロトタイピング
試作を行い、ニーズの検証と改善を繰り返すことで、開発期間を短縮しつつ品質の向上を図るアプローチを実現しました。
疎結合と外部連携
他のシステムやサービスとの結合・連携を前提とした設計とすることで、サービスの拡張性やデータの連携など、さらに利便性を高めることのできるシステムを実現しました。
マインドセットの変革
市民中心
行政職員のマインドセットが、行政中心の「提供する側からの視点」から市民中心の「利用する側からの視点」へと変化しました。
課題解決
課題を見える化し、それを解決するためのアイデアを創出し、企画・設計するという、課題解決型のアプローチを実践しました。
データ活用
サービスの利用状況や市民の声などのデータを収集、分析・活用して、より良いサービスを提供しようとする意識が高まりました。
■生み出した価値
デザイン思考・システム思考による、サービスデザイン・システム開発の変革は、以下のような効果をもたらしたと考えられます。
市民満足度の向上
デザイン思考のプロセスを通じて、市民のニーズを深く理解し、それに合致したサービスを設計・提供することで、市民満足度を高めることができました。ユーザビリティや利便性も向上し、その結果、市内の新生児が生まれる世帯の95%が利用登録しています。
サービスやシステム開発の成功率の向上、予算や人的資源の効率的な活用
これまでの、思いつきや思い込みによるサービスの企画やシステム開発による、サービスの失敗や使われないシステムを減らし、成功の確度を高めることができます。結果として、予算や人的資源の効率な活用に繋がりました。
同時に、職員の創造性を刺激し、より良いサービスを生み出すためのアイデア創出を促進しました。
組織の活性化・職員の能力向上
市民中心のサービス提供という共通目標を掲げることで、職員の意識改革を促進し、組織全体のモチベーション向上に繋がりました。また、デザイン思考やシステム思考に触れることで、職員の施策立案やサー ビス企画の能力も向上しました。
横浜市の事例は、デザイン思考とシステム思考が行政サービスにもたらす変革の可能性を示唆しています。
■変革のストーリー

1. デザイン思考・システム思考と子育て応援サイト・アプリ
デザイン思考・システム思考は、これからの行政サービスの企画・設計、特に市民のニーズを捉えたデジタルサービスの企画・設計に有効な手法です。
横浜市では令和4年に策定・公表した「横浜DX戦略」のなかで、「デジタル×デザイン」をキーワードに、「デジタル化の波をただ受け入れるだけでなく、その恩恵を市民や地域に行きわたらせ、魅力溢れる都市をつくるために、自らイニシアチブをとり、デジタルの実装を、デザインする」をモットーに、デザイン思考・システム思考で新しい行政サービスをデザインしていくことを目指しています。
一方、横浜市は日本最大の人口を持つ基礎自治体ですが、すでに人口のピークを迎えており、将来の人口減少に備えて、その基本戦略において「子育てしたいまち 次世代を共に育むまち ヨコハマ」を掲げています。そこで、子育て世帯をデジタル技術で支える具体策として、子育て世帯の利便性を向上さ せるサイト・アプリを開発することになりました。
「子育て世帯」には、多様なシチュエーションやニーズがあり、単一のニーズに応えるだけでは、全体を満足させることはできません。また、「子育てしたいまち」には、さまざまな要素があります。
そこで、デザイン思考によってニーズや求められる機能を明らかにし、システム思考によって現実的なシステムの基本機能を設計して、仕様を決定して開発しました。
プロジェクトは、2022年9月から企画検討・基本設計をスタートして、2023年7月からシステム開発に着手しました。当初2023年度内のリリース予定でしたが、ユーザーテストや評価に時間をかけることとなり、2024年7月に「横浜市子育て応援サイト・アプリ『パマトコ』」としてWeb版をリリース、10月にアプリ版をリリースしました。2025年2月時点で7万人以上の登録・利用があり、妊産婦や乳幼児を持つ世帯を中心に多くの子育て世帯に利用いただいています。
2. デザイン思考・システム思考の取り組み
2.1. 手法の概要
本件では、「デザイン思考」「システム思考」「ローコード開発」の3つの手法を適用しました。
デザイン思考は、ユーザーのニーズを理解して必要とされる新しいサービスを見つけるのに有効であり、システム思考は、論理的な思考でその実現手段(ソリューション)を見出すプロセスで有効です。いずれも、これまでにない、新しいサービスを企画・設計するのに有効な思考の方法(メソッド)です。
デザイン思考では、「①観察と共感」「②課題の定義」「③アイデア出し・仮説立て」「④試作と試行」「⑤検証と評価」の5つの段階を循環させながら、必要なサービスとその実現を考えます(図 1)。①、②、③の段階は並行して行うこともあり、また③の段階から①②に戻ってやり直すこともあります。
「①観察と共感」「②課題の定義」「⑤検証と評価」では、利用者のニーズを深く理解することが必要です。今回は、一般的な方法である、先行事例の調査、ヒヤリングや現場 観察、市民アンケートを通じて、妊娠中の女性や子育て中の家庭、さらには行政職員側が抱える問題を抽出していきました。

図1:デザイン思考の領域とシステム思考の領域
一方、デザイン思考のサイクルの中で、「②課題の定義」「③アイデア出し・仮説立て」の段階で使う思考方法が、システム思考です。システム思考で、アイデアを出し・仮説を組み立て、現実的な実現手段を選択することにより、④試作・試行や⑤検証・評価のサイクルにおける成功率を高め、デザイン思考における「修正」「やり直し」などの手戻りのサイクルを減らすことができます。(図 1 デザイン思考とシステム思考)
今回の子育て世帯を対象とするサービスでは、課題の解決策(ソリューション)は一つではなく、複数のサービスを同時に提供することになります。
そこで、デザイン思考の「③アイデア出し・仮説立て」の段階で、同時に複数のサービスのアイデアを考え、一つのサイト・アプリの中に複数の機能を実装する設計を行いました。そして、「④試作と試行」では、複数の機能を検証・評価して修正すると同時に、例えば、IDやユーザー情報の共有など、複数の機能の間での使いやすさや連携も考えなくてはいけません。
こうした、機能の修正が多く発生し、かつ複雑なシステムを短期間で確実に実現するために、システムの開発手法に「ローコード開発」を採用しました。
こうして試作と試行を繰り返し、さらにユーザーテストや有識者評価による修正も加えて、デザイン思考におけるプロトタイプの試作と検証を充分に繰り返し、本サービスとしてリリースしました。
本サービスが開始している現在も、利用状況や市民からの意見から、①②の課題のフィードバックを得て、③の解決の仮説、④の修正と⑤の検証を行っており、デザイン思考による改善サイクルを続けています。
以下に具体的な取り組みの内容を説明します。
2.2. 市民ニーズの把握(デザイン思考における「①観察と共感」のステップ)
2.2.1. 観察1:既存アプリの分析
まず、先行している既存アプリにどのような機能があるかリストアップを行いました。
(1)国内の先行事例(アプリのサービス)の分析
当時は参考となる自治体のアプリが少なかったため、国内の民間の子育て支援アプリ、母子手帳アプリについてリストアップを行いました。
基本的に先行する民間のアプリで実現されているサービスや機能は、ニーズの実績があると判断して、横浜市のサイト・アプリにも取り入れることにしました。ただし、民間サービスの多くは、利用者からの情報登録や、事業者からの情報提供が中心であり、行政サービスやその関連施設からの情報提供は限定的でした。
また、行政が事業者の民間アプリに委託して提供しているサー ビスにおいても、登録された利用者情報の権利が事業者側に帰属していたため、利用者情報をその健康管理などに活用したいと考えました。行政の担当課側では、事業者に利用者情報を商用転用されたり、データ活用が制約されたりするのではないかという懸念がありました。さらに、行政の側では、さまざまな情報提供やサービス追加など、民間アプリの制約を受けずに機能を拡張して活用したいというニーズがありました。
(2)海外の先行事例(アプリ・サービス)の分析
海外では、すでにさまざまな行政サービスを統合した先進的なアプリサービスが存在しています。
そこで、海外の行政アプリサービスの事例調査を行いました。
海外の行政アプリサービスの機能の特徴としては以下が挙げられます。
関連する申請/手続きは、ワンストップ化(電子決済含む)
利用者一人一人にパーソナライズした情報を提供
利便性の高さを重視した設計
民間サービスへのリンク/ワンストップでの利用及び割引クーポン等を連携
こうした機能は、国内の民間や行政のアプリにはまだ見られない機能であり、利用者にとって利便性と価値があり、横浜市のサイト・アプリの差別化の要素になると考えて、機能に取り入れる方針としました。
2.2.2. 観察2:行動の観察・ヒヤリング
先行事例の調査だけでは、まだ存在していない機能やサービスのニーズは掴めません。また、アンケート調査では、本人が意識していない(顕在化していない)課題や苦労を引き出すことが困難です。
そこで、利用者の行動を観察して隠れた課題や苦労、ニーズを見つけ出す、またはヒヤリングやインタビューなど利用者との対話を通じてそうしたニーズを引き出すことが必要になります。
今回の子育てのケースでは、企画・設計者自身が最近乳幼児の子育てを経験したばかりで、パートナーや他の子育て世帯を観察する機会も充分ありました。
そこで、ヒヤリングに重点を置き、自身の子育て経験や家族の意見はもちろん、市民や行政職員から子育てに関する苦労の意見、日頃市民に直接接している子育て支援施設の行政職員の意見のなかから、サービスのニーズを収集しました。(表 1)
表 1 ヒヤリングの例
※市民の意見例
※行政職員の意見例
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自身や身の回りの子育て世帯の行動の観察や、市民・職員へのヒヤリングから、例えば次のような観点での課題の「共感」が必要なことが分かりました。(表 2)
表 2 課題の例
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母子手帳や電子申請など、予め想定しているサービスや機能に加えて、上記のような観点を考慮して、追加するサービスや機能を考える際の、アイデア出し・仮説立ての参考にしました。
少数の感想・意見であっても、それまで気がつかなかった新たな課題やペイン(痛み)を見つけ、ユーザー視点に立って相手の気持ちになったとき、その重要度を知ることができます。(コラム参照)
そうして得られた課題から、次の「③アイデア出し・仮説立て」で考えた、新しいサービスやシステムの機能の案を、再びヒヤリングで示してその反応を聞くことで、「④試作と試行」にとりかかる前に、ある程度の「⑤検証と評価」を行うことができます。
Knowledge1 ユーザー視点(利用者視点・顧客視点)について
ユーザーのニーズを引き出す、課題を見出す、気付くためには、相手になりきる、自分事としての気持ち(ユーザー視点・利用者視点・顧客視点)が大切です。 そのためには、自己の体験や身近な人の意見も重要な材料になります。 今回のケースでは、自分の子育て体験から、毎週、子どもを連れて いける公園やイベントを検索していたなどの印象が役立ちました。 また、パートナーを観察して、医療証や母子手帳を挟んだ重い大きなパスケースを持ち歩いているのを見ていました。こうしたペインは、本人は当たり前と気がつきませんが、指摘すると確かに大変だとの意見が得られました。 こうしたリアルな体験に基づく仮説をインタビューやヒヤリングの話題として提供すると、例えば、他にも検索したい情報や欲しい情報を聞き出したり、他にもかさばる・重いものは何かなど、共感や連想を呼び起こしたりして、さらなる深堀や派生の意見が得られることがあり、役立ちます。
![]() 図 2 顧客視点
beBit 藤井保文氏 講演資料から 「体験」を作っていくにあたって「顧客視点」が重要とされますが、顧客視点と言われて顧客の姿が浮かんだら、ビービットでは負けと言われています。顧客側の立場から見た景色・情景が見えたり、状況が想像できて初めて顧客視点です。 🄫 beBit,Inc. All Rights Reserved. www.bebit.co.jp |
2.3. 必要なサービス機能のリストアップ(デザイン思考における「②課題の定義」のステップ)
2.3.1. 目的・目標の設定
機能設計にあたり、方向性が迷走しないよう初期の段階で、明確な目的・目標を定めました。
目的とは、最終的に到達しようとする、目指すべき状態です。
目標とは、目的を達成するための指標(達成が確認できるマイルストーンや数値などの指標)です。
本件では、以下のような目的・目標を定めました。(表 3)
表 3 目的・目標の定義
■目的 横浜市の妊娠前・妊婦・乳幼児・小学校児童・中学校高校生徒の世帯・市民において、子育てしやすい・便利を実感できるサービス・情報提供をデジタルにより提供する。
■目標
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2.3.2. ステークホルダーの特定
デザイン思考でサービスを考える場合、ステークホルダーを特定することを重要視しています。最終的な受益者である利用者だけでなく、サービスを提供する側の視点も必要です。
さらに、利用者である子育て世帯から見た場合、行政機関も民間の医療機関やサービス事業者も、同じサービス提供者であり、サービス提供者の区別なくシームレスに利用できることが、利便性に繋がります。そのため、民間との連携も想定してステークホルダーに含め ました。(表 4)
表 4 当初想定したステークホルダー
(市民)
(市長部局)
(教育委員会・外部委託先)
(民間事業者)
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2.3.3. 目的の詳細化と確認
アイデア出しや仮説の立案においては、思いついた特定のアイデアや仮説の深堀に集中しすぎて、狭い範囲に収束して考えてしまい、本来の目的を外してしまう、またはその一部しか実現できないサービスの企画となってしまうことがあります。
「パマトコ」の目的で設定した「子育てしやすい・便利」という言葉も漠然としていて、デザイン思考でサービスを考える前に、その内容を改めて詳細化して確認する必要がありました。
子育てしやすい・便利」を改めて広い視点で捉えて考え、表 5のように詳細化しました。その結果、子育て世帯に直接かかわっている部局だけでなく、公園や就労支援など他の事業を所管している局も含めたサービス提供を考える必要性がわかり、将来的に市全体のプロジェクトとして方向性を定めることになりました。
表 5 目的の詳細化
「子育てしやすい・便利」とは?
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これらすべてを満たすサービスを、当初から提供することは、時間的、資金的、人的に難しいことです。
しかし、民間での新規のサービス開始とその後の拡張・展開をみると、新たなサービス提供は狭い対象範囲において短期間で終了するものではなく、段階的に対象を広げて継続的に発展・成長していくことが判ります。サービスを企画する時点で、広い視点に立って将来のサービスの対象範囲を考え、拡張性を考えておくことが重要でした。
ステークホルダーの想定として、サービスは当初は主に乳幼児の子育て世帯を対象としていましたが、小学から中学、高校まで視野に入れたサービスとしました。「子育てしやすい・便利」を詳細化してその内訳を明確しておくことで、次の段階に進んでも、サービスが狭い範囲に捉われず、一貫した方針で展開・拡張できるようにしています。
また、システムの観点からも、予め、こうした将来の連携先や利用者数の可能性を考慮した設計・構築をしておくことで、容量やデータ、機能の限界で拡張できなく なる事態を防いでいます。
Knowledge2 広い視点の持ち方
ステークホルダーの特定や、目的の詳細化で必要になるのは、多様な切り口で考える事のできる力、広い視点の持ち方です。そのスキルを身に付けるのは難しいと考えられがちですが、例えば、本件の場合、次に挙げるような、いくつかの切り口のパターンで考えることができます。
① 時間軸を伸ばす: 妊娠から出産、乳幼児、小学生と、時間軸で次の段階、将来をイメージします。また、時間軸を逆に遡ると、妊娠活動に思い至ります。 ② 対象範囲を広げる: 一般的な世帯から対象範囲を広げて考えると、障害児や生徒、ひとり親世帯、外国人世帯などに思い至ります。 ③ 提供するサービスを広げる: 当初は、情報提供や電子申請など一般的なオンラインサービスを想定しましたが、他にもサービスの形は無いかと考えていくと、相談や予約などの他のサービス形態に思い至りました。 ④ 提供する価値を変える: 便利や楽になるというマイナスを解決する価値だけでなく、プラスの価値は無いかと考えると、「楽しみ・環境」「住みやすい」などの価値の存在に気づきます。
さらに、有効な切り口として使えるのが、「Qワード」です。 NHKの教育番組「Q~こどものための哲学」で対話を深めるためのメソッドとして、問題解決やグループワークにおける探究活動に役立つキーワードとして紹介されています。 課題やアイデアを考えるとき、自問自答するきっかけとして便利です。
① なんで? 理由をさぐってみる ② ほか の考えは? いろんな考えを出してみる ③ 反対は? あえて逆(ぎゃく)で考える ④ もし~だったら? 仮説(かせつ)を立ててみる ⑤ そもそも? 前提(ぜんてい)からうたがってみる ⑥ 立場をかえたら? だれかの気持ちになってみる ⑦ たとえば? 具体的(ぐたいてき)にあげてみる ⑧ くらべると? ちがいはどこかさぐってみる 出典:NHK for School 番組「Q~こどものための哲学」、「Qワードおぼえうた」から https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005320465_00000
例えば、「なんで、子 育て世帯は(不便で狭いのに)東京に住みたがるのだろう?」と考えたときに、「働きやすい」「教育の質が高い」という価値に気が付くことができます。 |
2.3.4. 課題(実現すべき価値)の設定(デザイン思考における「②課題の定義」)
そして、サイト・アプリのサービスで解決すべき「課題」を定義しました。
「課題の解決」とは、利用者に提供する「価値(メリット)の実現」とも言い換えられます。
マイナスの課題解決だけでなく、プラスの価値創造も目指して考え、「実現すべきメリット」として表 6を設定しました。
表 6 実現すべきメリット
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これらの価値の実現を目指して、具体的なサービスや機能を考えていきました。
2.4. 基本設計(デザイン思考における「③アイデア出しと仮説立て」のステップ)
2.4.1. アイデア出し
「① 観察と共感」、「②課題の設定(実現すべき価値)」から、具体的な機能のアイデアを考えました。
子育て応援サイト・アプリでのサービス・機能については、基本的に「①観察と共感」から得られた、国内アプリや海外サービスの事例や、観察やヒヤリングでのニーズの意見を元に考えています。
さらに、これまでにないサービスや機能のアイデア出しの方法の一つとして、システム思考のフレームワークの1つである「シナリオグラフ」を活用しました。
シナリオグラフは、利用者のシチュエーションをWho(誰が)、When(いつ)、Where(どこで)、What(何をする)、Feel(どんな気持ちで)と、時系列や場所などの組み合わせで想定して、それぞれのシチュエーションでのニーズや困りごと(課題や価値)を考え、その解決策を考えることによって、ソリューションのアイデアを強制的に生み出す方法です。
このフレームワークを使って、さまざまなシチュエーションを組み合わせて可視化することで、当初想定していなかったニーズを想像することができ、新しいアイデアに繋げることができます。
また、時間・場所のシチュエーションを新たに追記していくことで、さらに別の組み合わせやアイデアを考えることができます。
図 3に、シナリオグラフの例を示します。
例えば、子育ての中での不眠・辛いという気持ちから、「安心のメリット(安全、安心、健康、相談できた)」の価値を実現するためには、「相談」というサービスが考えられます。その他のサービスのアイデアも、デジタル以外で実現するものや、今後のサービスのアイデアとしてストックできます。
![]() 図 3 シナリオグラフの作成イメージ(例) (作成:福田次郎) 日常的な育児の場面だけを考えると、面倒の軽減や不安の解消というテーマに偏ったアイデアとなります。逆に休日、パートナーが公園に連れて行くシチュエーションを考えると、遊ぶ、楽しさ、というテーマに繋がり、遊べる公園や楽しいイベント情報の提供に繋がります。さらに、遊ぶを家庭に繋げると、赤ちゃんに見せる手遊び動画の配信などを思いつくことができます。
(詳しくは、実践ガイド「シナリオグラフ」を参照ください。) |
2.4.2. アイデアの選択・絞り込み
考え出したアイデア(サービス・機能)の全てが、利用者に受け入れられるとは限りません。さらに、時間やリソースの制限から、全てのアイデアを同時に実現することも難しいでしょう。そこで、目的に対してさまざまな解決方法(ソリューション)が考えられる場合、その中から最も効果的で、実現性があり、適切かつ効率的な方法を選択する必要があります。
こうした選択方法として、システム思考のフレームワークである「ピュー・コンセプト・セレクション」を活用しました。(図 4)
ピュー・コンセプト・セレクションは、複数のコンセプト(アイデア)を横軸に、さまざまな評価項目を縦軸に置き、コンセプトの1つを標準として設定し、これと他のコンセプトとの相対評価を行うものです。
各評価項目に対するコンセプトの優劣を可視化することができ、また重視すべき評価項目がわかるとともに、それらを元に新たなコンセプトのアイデアを想起することができます。
![]() DATUM:基準 +:優れている -:劣っている S:同等(Same)である 図 4 ピュー・コンセプト・セレクションの作成イメージ(例)(作成:福田次郎)
ここでは、「相談したい」という課題に対する、複数のコンセプトをピュー・コンセプト・セレクションで比較しました。
利用者が区役所を訪問して相談するコンセプトを標準(DATUM)とし、電話相談、オンライン予約での訪問相談、オンラインでのビデオ相談、メール相談、チャット相談などを比較しています。 メールやチャットでの相談は、利用のハードルは低いが、相談の粒度の細かさや表情の把握では劣ります。一方で、職員を拘束するため、職員の業務効率化にはつながりません。
※議論や検討の中で、評価項目やコンセプトは適宜修正していきます。仮に、利用者にシニアが多いと判れば、評価項目にネットリテラシー(使いやすさ)を追加して、SMSメッセージを活用したビデオ通話相談などを考えることになるでしょう。
(詳しくは、実践ガイド「ピュー・コンセプト・セレクション」を参照ください。) |
子育て応援サイト・アプリでは、利用者の視点である「相談のしやすさ」や職員の視点である「保護者の表情の把握」を優先して、企画段階ではビデオ相談の方法を想定しています。同時に、職員の効率性も重要な課題と分かったため、事前予約による稼働率の向上という機能を付加しました。
もちろん、従来の窓口や訪問相談も継続する想定としています。
目的に対し、何でもデジタル化することが最適な答えとは限りません。重視すべき評価項目を見極め、それを最大化するのにデジタルをどう活用するかという視点が重要と考えています。
2.4.3. サービスのリストアップ
こうして考え出した複数のアイデアから、デザイン思考における「④試作と試行」に向けてサービスを絞り込んでいきました。
絞り込みにあたっては、前項表 6で定義した「実現すべきメリット」に沿って、考えたサービスを下記のように分類し、利用者のニーズが高そうなもの、実現が容易と考えられるものを優先しました。
時間のメリット
区役所に行かなくても申請や手続きができるオンラインサービス
時間を無駄にしない各種予約サービス
情報のメリット
1人1人の属性に合わせた情報の提供・提案
使いやすい施設情報、手続き情報、イベント情報の閲覧・検索
便利さの実感
入力しやすい・自動入力される電子母子手帳
紙の会員証を持ち歩かなくてもサービスが受けられる
他のサービスとも連携して情報の二重入力がいらない
安心のメリット いつでも、どこからでも相談できる
経済的メリット 給付金・クーポン券の提供
リストアップしたサービスは、より具体的な機能に落とし込んでいきます。ピュー・コンセプト・セレクションなどシステム思考のフレームを使った思考実験を通して、パソコン(Web)やスマートフォン(アプリ)で実現できる機能に落とし込み、最終的に以下の機能の実現を目標にしました。(表 7)
表 7 実現する機能の目標例(当初の想定例)
① 自分にあった手続き、サービスを探せる。 ② 自分の家族・居住区・家庭事情に合った手続きやサービスの提案が受けられる。 ③ 見つけた手続き、提案のサービスについて、動画などでわかりやすく説明が受けられ、その場でオンラインで手続きができる、申し込みできる、予約できる。 ④ 施設イベントや相談などの利用予約で、時間を無駄にしないスケジュールが組める。 ⑤ 近くにある子育て支援施設、サービスがわかる。経路案内も使える。 ⑥ 一つのQ&A、AIチャットで、手続きでわからないこと、質問したい事がすぐわかる。 ⑦ チャットやビデオ相談で、いつでも、どこからでも相談できる。 ⑧ 妊婦健診、母子健診、小中学校の健診結果が記録できる、自動入力される。子どもと自分の健康管理ができる。 ⑨ 相談内容や健康情報が、市役所の各施設・担当で共有され、何回も説明の必要が無く、見落としの無い、自分の事情に寄り添ったサービスが受けられる。 ⑩ スマホで会員証が提示でき、地域子育て支援施設などの入退館ができる。会議室の開錠など設備の利用ができる。 ⑪ 健診結果、講習受講が電子証明書として、いつでもどこでも提示できる。 ⑫ 子育てステージ、区役所別、利用施設別、目的別の手続き・サービス・イベントのメニューが、一つのアプリ、画面から利用できる、縦覧できる。 ⑬ 普段使っているLINEから情報が入る。サイトにログインできる。 ⑭ 既存の妊活アプリ、母子手帳アプリ、保育園アプリとも連携して、情報の二重入力がいらない。 など ※注:パマトコではすべての機能が実装されたわけではありません。 |
2.4.4. サービスモデル(ビジネスモデル)の確認
サービスの概要が見えた段階で、ステークホルダーとの関係性を可視化するため、CVCA(Customer Value Chain Analysis 顧客価値連鎖分析)を作成しました。(図 5)
CVCAは、サービス・ビジネスに関わるすべてのステークホルダーを記入し、その間でどのような価値(お金、情報、製品など)の流れがあるかを矢印で示した図です。
CVCAによって、ステークホルダー間(エンドユーザーとサービサー)の関係性や、利用者に提供している価値などを可視化でき、価値の連鎖からサービスモデルの妥当性を判断したり、サービスの訴求点を見つけたりすることができます。また、可視化により新たな気づきの発見や、機能の見落としを無くすことができます。
CVCAから、サービスの全体像を確認 して、共有できる情報部分や利用者のアカウント管理、連携するステークホルダーなど、システム化に必要な項目を確認していきました。
![]() 図 5 CVCAの作成イメージ(例) (作成:福田次郎)
CVCAの作成段階で、以下のような気づきを得ました。
(詳しくは、実践ガイド「CVCA」を参照ください。) |
また、CVCAを俯瞰して、各ステークホルダーがパマトコを利用する時の気持ちを考えると、使いやすさや、負担感を減らすための課題を見出すことができます。子育て応援サイト・アプリの検討では、以下のような課題が見出されました。(表 8 )
表 8 CVCAの検討から得られる課題の例
① 情報を提供する発信者は複数の部署に存在する。また、発信する情報をメディアごとに登録するのが負担となっている。 →子育て世帯に対して共通の情報発信の登録画面を用意する。また、登録された情報は複数のメディアに発信できるようにする。 ② 一方でサービスを受ける利用者(子育て世帯)は同一であり、利用したいサービスごとにアクセスするのは負担となる。 →情報提供やスケジュールは統合して表示されるようにする。 ③ 子育て世帯に対し、相談対応やQ&Aを行う複数の部署があるが、予約・ビデオ相談に必要な機能は同じである →相談の予約、ビデオ相談は共通して利用できる機能を用意する。 ④ 申請・手続きや相談のたびに、自分の情報を入力したり、説明したりするのは面倒である。 →子育て 世帯の保護者・子どものプロファイル情報(居住地、年齢、健康など)は、ワンスオンリー、ワンストップで利用できるようデータは共有して持つ。 ⑤ 医療サービス、家事サービスなどのクーポンから予約をしたい。予防接種記録や健診結果を入力するのは面倒。 →民間サービスとの情報連携機能を持つ。 ⑥ 妊婦・母親だけでなく、パートナー(父親)や祖父母も情報共有・利用が想定される。 →子育て世帯内での子供の情報共有機能。離婚やDVを想定した、アカウント情報の管理。 ⑦ 子どもの成長とともに、必要なサービスや連携先は変わってくる。 →子育て支援拠点や学校との連携機能。将来の連携を想定した設計。 ⑧ 子どもはいずれ成人となり、自己管理が必要になる。 →子どもの情報は親のアカウントの属性情報ではなく、子ども自身のアカウント情報として管理する。成長後、子ども自身のアカウントとして分離できるようにする。 |
2.4.5. サービスの設計(システムの機能設計)
「2.3.3サービスのリストアップ」や、「2.3.4 サービスモデル(ビジネスモデル)の検討」を踏まえて、サイト・アプリで提供する具体的なサービスの設計を行いました。サービスの設計は、例えば申請や相談において利用者にどういった内容をどういった手順で提供するかの設計となります。それを踏まえて、利用者の本人確認や予約のためのスケジュール管理など、システムが実現する機能の設計を行います。
機能設計では、実現したいサービスに必要なシステムの機能・条件を列挙してリストアップしていき、それが仕様書になります。その一覧表はとても長いものとなりますが、ここでは、わかりやすく、下記のメニュー・機能イメージ図を示します。
こうして、仕様書を作成して事業者を選定し、構築に着手しました。
![]() 図 6 子育て応援サイト・アプリのサービス・機能イメージ 出典:横浜市子育て応援サイト・アプリ(仮称)構築業務・運営体制準備業務 委託仕様書(業務説明資料) https://www.city.yokohama.lg.jp/business/nyusatsu/kakukukyoku/2023/itaku/kodomo/kosodateouen.html
![]() 図 7 子育て応援サイト・アプリのイメージ 出典:横浜市子育て応援サイト・アプリ(仮称)構築業務・運営体制準備業務 委託仕様書(業務説明資料) https://www.city.yokohama.lg.jp/business/nyusatsu/kakukukyoku/2023/itaku/kodomo/kosodateouen.html |
2.5. 構築・評価(デザイン思考における「④試作と試行」と「⑤検証と評価」のステップ)
2.5.1. ローコードプラットフォームによる構築(デザイン思考における「④試作と試行」)
日本で最大の人口を持つ横浜市では、システムは数十万人規模の利用でも安定して動く事が求められます。また、子育て世帯の便利さをできるだけ早期に実現するため、1年という短期で開発・リリースすることが求められていました。
さらに、デザイン思考の「④試作と試行」段階である開発テスト中の試行結果や、サービスリリース後の利用者の意見に合わせて、次の段階の「⑤評価・改善」を行い、柔軟に機能を変更できるシステムが必要でした。
このため、ローコード開発によるクラウド上のプラットフォームに構築する方針としました。
ローコード開発(Low-Code Development)とは、ローコードプラットフォームと呼ばれるクラウド上のシステムを使い、プログラムを書かずに、クラウドの設計画面で、作りたいシステムの画面や処理フローを設計し、部品を組み合わせる簡単な操作により、短期間で開発・構築できる手法です。
設計画面で機能の修正や追加が簡単にでき、クラウド上のシステムですぐにテストができるので、検証・評価による機能の修正が素早くでき、すぐに次の検証評価を行うことができます。
ローコード開発の採用により、短期間でシステムを試作し、デザイン思考に基づく構築中の試行ができました。本サービス開始後においても、利用者の評価を受けての柔軟な改善が可能となりました。
また、システムは全てクラウド上で稼働するローコードプラットフォームを利用することで、短期間で大規模なシステムを構築することができ、かつ安定したシステムを実現しました。
2.5.2. 検証と評価(デザイン思考における「⑤検証と評価」のステップ)
2.5.2.1. サービスメニューについての検証と評価(アンケート)
想定した機能について、実際のニーズの確認を行うため、サービス設計・機能設計と並行して、令和5年1月に、子育て世帯を中心に約800人のインターネットアンケートを実施しました。(表 10)
表 10 アンケートの例
子育て世帯、特に妊娠中や未就学児育児中は、「窓口に行く時間がない」という切実な課題を抱えていました。手続きに関しても、「タイミングが分からない」「書類が複雑」 といった情報不足が問題として挙げられました。
子育て情報や近隣施設情報へのニーズは高いものの、「どこで必要な情報を得られるか分からない」という声が多く聞かれました。未就学児期では、利用可能な近隣施設の情報へのニーズが特に高いです。
世帯状況や子どもの年齢に合わせた情報提供や通知へのニーズが高く、「給付金・補助金の自動計算機能」や「必要な手続きのリマインダー」が求められていました。妊娠・出産期の不安を軽減するサポート機能も期待されていました。
健診補助券や母子手帳などの電子化ニーズが 高く、若年層にその傾向が顕著でした。広報媒体としては、LINE、Instagram、YouTubeなどのSNS活用が有効と考えます。
子育て世帯は、スケジュール管理、保育園や学校との連絡、クーポンなど、実生活に密着した機能との連携をアプリに期待していました。将来子育てしたい層からは、妊娠・出産アプリへの要望が特に目立ちました。
情報検索や世帯別情報閲覧、家族状況に合わせた情報通知、自動申請手続き案内、医療券の電子化、スケジュール管理・予約・リマインダー機能、オンライン相談窓口などが特に高い期待を集めていました。 |
いずれのサービスも、想定利用者の60~70%以上が使ってみたいという回答が得られ、期待が高いことが確 認できました。これらの結果から、手続きや情報提供のオンライン化、パーソナライズされた通知、電子化された支援ツールが重要であることが確認しました。
一方で、当初想定していた「オンライン上(コミュニティサイト等)で横浜市内に住む保護者同士で交流・情報交換できる」機能は、他のサービスと比較して使ってみたいという回答が少なく、また利用者が発信するコメントに対する責任や管理が難しいとの観点から、今回の設計から外すこととなりました。
2.5.2.2. システムについての検証と評価(モニターテスト)
開発・構築過程において、開発中のプロトタイプを提示してサービスの有用性やシステムの利便性について確認を行いました。
① 市民インタビュー(市内在住の約20名)
実際の利用を想定したシナリオを用意して、市民にモニターとしてプロトタイプを利用してもらい 、インタビュー形式で使いやすさについての意見を収集しました。
② 職員アンケート(こども青少年局・デジタル統括本部および18区の担当職員)
使いやすさについての、より多くの指摘や意見を集めるために、職員にプロトタイプのテストアカウントを公開して、アンケートによる意見募集を行いました。
③ 専門家インタビュー(3名)
さらに、多様な視点での指摘を求めて、子育てに関する有識者・専門家にプロトタイプを提示し、インタビューによる意見収取を行いました。
これらの意見は、開発中のサービスに反映して、より使いやすいシステムになるように機能改善をしました。
利用者からの意見収集はリリース後も継続しており、デザイン思考のサイクルとシステム思考によるサービス設計・機能設計の考え方で、定期的に機能改善を行っています。
3. 振り返りと今後の展望
3.1. 成果
こうして、開発した子育て応援サイト・アプリは「パマトコ」としてリリースされ、多くの市民に利用され、2025年2月時点で登録者数は7万人を超えています。この数字は、プロジェクトの成果を示すものであり、市民からの高い支持を得ていることを表していると考えています。
さらに、短期間で高品質なアプリをリリースすることができた点も、プロジェクトの成功点として挙げられます。
また、「パマトコ」は、以下の点で横浜市における子育て支援の形を大きく変えるきっかけとなりました。
オンラインでの 申請数と申請率が向上し、住民が自宅から簡単に行政サービスを利用できるようになりました。
アプリを通じた情報提供がイベントの参加率を押し上げ、市民のアクティブな参加を促進しました。
登録者のうち約20%が父親やパートナーであり、男性の育児参加意欲が向上していることが明らかになりました。
マイナンバーカードを活用した申請署名機能など、先進的な取り組みも実現しました。
3.2. 課題
一方で、いくつかの課題も残っています。
ユーザビリティについては、リリースから継続的に改善しましたが、引き続 き改善を求める声も残っています。これまでの行政システムのように、こうした声を放置するようなことはせず、市民からのフィードバックをもとに、リリース後も継続的な改善を行っています。
また、理想としている他の行政サービスや民間サービスとのシステム連携は、まだ十分に実現されておらず、引き続き連携するシステムの拡張が必要です。こうした、他の行政や民間の機関と連携する際には、利用している市民の個人情報の第三者提供について、市民自身がいつでも状況を確認でき、許諾状況を変更できる仕組みが必要と考えています。
市民に向けた総合的なサービスは、多様な市民ニーズに応える必要があり、また市民のニーズも時間によって変化していきます。このため、デザイン思考のサイクルによる継続的な取り組みと、システム思考によるサービス設計・システム設計の最適化が必要です。
3.3. 今後の展望
今後は、利用者からのフィードバックを反映し、アプリの機能やインターフェースをさらに改善する予定です。また、他の 行政サービスや民間サービスとの連携を強化することで、よりシームレスで便利な体験を提供したいと考えています。
『パマトコ』は、子育て世帯の負担を軽減する革新的な取り組みです。他自治体への展開を視野に入れた本ケーススタディが、多くの地域社会の改善に寄与することを願っています。
また、市民向けの統合アプリは、子育て世帯以外の市民サービスについても適用でき、市民生活が一層便利になることが期待されます。
さらに、行政の枠を超えた民間サービスとの連携や、ローコードプラットフォームで開発したサービスの共用も可能性があると考えています。他自治体や関連機関と連携し、横浜市がモデルケースとして全国に広がるような成功事例を作り上げることが理想です。
4. まとめ
4.1. 本ケースの特徴的な点
(1) デザイン思考とシステム思考の融合
デザイン思考を用い、子育て世帯をデジタルで支援するという漠然としたテーマから、ニーズの特定やサービスの方向性を定め、システム思考を用いて、具体的なサービスの企画やシステムの機能設計を行いました。
また、デザイン思考のサイクルで、利用者のニーズ調査やヒヤリングを繰り返し行い、必要とされるサービスへの絞り込み、使いやすいサイト・アプリの構築を行いました。
(2) 多機能なサービスの設計
電子母子健康手帳、オンライン手続き、イベント情報提供など、多岐にわたるサービスを並行して同時に企画・設計し、それらを統合して一つのシステムで実現しています。
他の事例は特定のニーズに特化していることが多く、こうした包括的なサービスの企画・設計の例は少ないです。
(3) ローコード開発の採用
短期間でのシステム開発と柔軟な修正が可能なローコードプラットフォームを採用し、迅速な開発を実現しました。
また、継続的な改善サイクルを確立し、フィードバックを基にサービスを進化させています。
4.2. デザイン思考・システム思考の活用に係る留意点・前提条件、再現可能性
(1) 留意点
デザイン思考では、ユーザーのニーズや課題を深く理解することが重要です。表面的なニーズだけでなく、行動観察やヒヤリングを行い、潜在的なニーズや感情に共感することが求められます。
また、検討にあたって、多様な視点を持つことが求められます。ツールの活用はもちろん、ユーザー視点やQワードなど、多様な切り口で考えることで、創造的なアイデアが生まれやすくなります。
デザイン思考は、試行錯誤を繰り返すプロセスであり、時間とリソースがかかることがあります。このため、失敗や繰り返しの回数を減らすため、システム思考で成功率の高い仮説を立てることが必要です。
システム思考では、問題の全体像を把握し、相互作用する要素を理解することが必要です。部分的な解決策ではなく、全体的な視点で問題を捉えて考えることが重要です。
(2) 前提条件
デザイン思考やシステム思考を導入するには、目的を理解し、それを実現しようとする、企画・設計メンバーの高い意識が必要です。失敗を恐れずに挑戦する意識や、ユーザー中心の視点を持てるメンバーであることが前提となります。
一方で、「①観察と共感」「⑤検証と評価」において、行動観察やヒヤリング、利用者の評価など、データの収集と分析が重要です。信頼性の高いデータを収集し、それを基に意思決定を行うことが前提となります。
(3) 再現可能性
デザイン思考やシステム思考の手法を企画メンバーに習得させるためには、教育とトレーニングが必要です。メンバーが手法を理解し、実践できるようにすることで、再現可能性が高まります。
実際の企画にあたっては、企画メンバーの中に、デザイン思考・システム思考の手法を用いて、企画・設計を行ったことのある経験者(メンター)がいることが望ましいです。数多くの企画で、多くの失敗や成功体験を経験している者ほどメンターにふさわしいでしょう。
多くの企画を体験して、経験値を積むことが最も再現可能性を高める方法です。 実際の企画のデザイン思考やシステム思考のプロセスをドキュメントとして残し、次の他のプロジェクトの企画メンバーが参照して、追体験することでも参考になり経験値となるでしょう。
4.3. 関連する実践ガイド、スキルマップ
(1) 「シナリオグラフ 実践ガイド」
(2) 「ピュー・コンセプト・セレクション 実践ガイド」
(3) 「CVCA 実践ガイド」
(4) スキルマップ 「新規サービス企画」
【関連情報】
■取組者/編著者プロフィール
福田次郎
三菱総合研究所にて官公庁調査、企業コンサル、新規事業企画、日本データセンター協会(JDCC )事務局に従事。2015年より横浜市最高情報統括責任者(CIO)補佐監。最高情報セキュリティ責任者(CISO)補佐監、最高データ統括責任者(CDO)補佐監を兼任。新市庁舎整備、システム企画、ICT調達、セキュリティ、デジタル施策、データ活用を担当。
■関連スキル
デザイン思考, システム思考
■関連研究・事業
本コンテンツは、総務省行政管理局「行政運営の変革に関する調査研究」事業で作成されたコンテンツを、同局の許諾を得て掲載しているものです。
■掲載年月日
2025年3月31日