神奈川県横須賀市
「プロジェクト憲章」から始めるカスタマーハラスメント対策プロジェクト
編著者:
(執筆)株式会社コパイロツト 米山知宏
(協力)横須賀市・市長特命参与(構造改革担当部長) 松本敏生

この記事では、横須賀市においてカスタマーハラスメント対策プロジェクトがどのように進められたのかについて、「プロジェクト憲章」の導入を軸にご紹介します。プロジェクト憲章とはプロジェクトマネジメントの手法の一つであり、プロジェクトを始める際に関係者間でプロジェクトのゴールや進むべき方向性について共通認識を持つためのドキュメントです。この取組は、プロジェクトの適切な推進だけでなく、職員のマネジメントスキル・主体性の向上にも繋がっています。
関連フレームワーク:
プロジェクト憲章
背景・問題
近年、自治体職員が窓口等でハラスメントを受け、業務遂行さらには心身の健康にも支障をきたす事例が増加しています。この状況を改善するため、組織全体として対策に取り組む必要性が高まっていました。しかし、機微な問題でもあり、なかなか対策が進んでいませんでした。こうした状況を打開するため、市長特命参与(構造改革担当部長)松本敏生氏からの提案でプロジェクトマネジメント手法を導入して、カスタマーハラスメント対策プロジェクトを推進していくことになりました。
起こした変革
カスタマーハラスメント対策にプロジェクトマネジメント手法を導入
プロジェクトマネジメントの手法として、プロジェクト憲章を活用
ここ数年、足踏みしていたカスタマーハラスメント対策を全庁的に実行推進
生み出した価値
プロジェクト憲章の導入によって、関係者間でゴールの共通認識を持つことができ、プロジェクトを軌道に乗せることができた
プロジェクトマネジメントのスキル習得や職員の主体性の向上など、職員の成長につながった
正規・非正規職員(約5,000名強)の職場に対して、安心と安全を担保できる環境を構築し、職員からも大変喜ばれ、プロジェクトメンバーのモチベーション向上につながった
変革のストーリー

1. 横須賀市がプロジェクトマネジメントの導入を進める背景
行政組織は、整理の行き届いた、精緻な方針文書を作成することが得意ですが、完成し公開した途端に「仕事が終わった」と錯覚してしまうことが多く、その後の実行フェーズにおいて、計画的な仕事の遂行や、進捗の可視化、ふりかえりが欠如して しまうことが少なくありません。
たとえば、役所の仕事では「推進体制」や「役割」を明確にしないことも少なくなく、それによって仕事がいわゆる「ポテンヒット」になりがちです。これは「自分の仕事ではない」「あっちの部署の管轄だ」と責任を押し付け合う結果、誰の手にも渡らないままボールが落ちてしまう状況のことを指します。結果、事業やプロジェクトの進行を足踏みする状況に陥ります。
こうした状況を打開するために有効な手法がプロジェクトマネジメントです。先人達の経験や工夫に裏打ちされた原則や手法に則って取組を進めることで、プロジェクトのスコープ・コスト・スケジュールを適切に管理し、成功確率を高めることを可能とする手法です。しかし、いきなり全庁的にプロジェクトマネジメントを導入しようとしても、多くの職員がその意義を理解し、リードする人材が育っていなければ、いたずらに抵抗に遭うだけで、機能しません。
そこで、横須賀市では、改革への意識の高い職員から徐々にプロジェクトマネジメントを浸透させ、特定のプロジェクトに導入していくアプローチをとりました。こうした土台の上に重要テーマであるカスタマーハラスメント対策についてのプロジェクトが組成され、プロジェクトマネジメントを適用で きる運びとなりました。
2. カスタマーハラスメント対策プロジェクトへの「プロジェクトマネジメント」導入の経緯
現在、全国の自治体にとってカスタマーハラスメント対策は喫緊の課題となっています。窓口職員が暴言や過度な要求にさらされる事態は、ときに職員のメンタルヘルスを蝕み、行政サービスの質をも低下させます。
横須賀市においても、この問題は4〜5年前から課題と認識されてきましたが、機微な問題でもあり、議論はすれども前進しない、停滞状態が続いていました。
そこで、このカスタマーハラスメント対策を前に進めるためのプロジェクトの組成にあたり、プロジェクトマネジメント手法(プロジェクト憲章)の導入を提案し、幹部会議(副市長、上下水道局長、教育長、各部長が参加する定例会議)で了承を得ました。
行政で課題解決が行き詰まる最大の原因の一つが、「これはうちの部署の仕事ではない」とか「あの部署がやってくれるだろう」というような「ポテンヒット」の状態の発生です。まさにそうした状況に陥っていたカスタマーハラスメント対策について、松本氏は「プロジェクトマネジメント手法を取り入れながら進めれば、成功させることができるから、一緒にやっていこう」と伝えながら、理解と共感を広げていきました。いきなり「プロジェクトマネジメント」という特定の手法を押し付けるのではなく、段階的に合意形成を図っていくアプローチを取りました。
3. カスタマーハラスメント対策プロジェクトで実施したプロジェクトマネジメント
こうして組成されたカスタマーハラスメント対策プロジェクトでは、プロジェクト憲章を中心として、以下のようなプロジェクトマネジメント手法を導入し、プロジェクトを推進しました。
プロジェクト憲章:プロジェクトの基本的な価値や方向性について関係者間で合意を形成する
進捗管理:プロジェクトの進捗を測定・可視化し、スケジュール通りの進行を確保する
課題管理:プロジェクト遂行の過程で発生する課題を記録・共有し、もれなく対応する
リスク管理:プロジェクトの過程で発生し得るリスクを洗い出して管理し、問題発生に先んじて対策を講じる
コミュニケーション管理:コミュニケーションの方法を明確化し、意思疎通と合意形成を促進する
ステークホルダーマネジメント:プロジェクトに関わる利害関係者を洗い出し、計画的に適切な関係性を築く(例:①窓口職員との対話、②庁内の上層部(市長・副市 長、各部長)との合意形成・意思疎通、③不当要求者からの抵抗の対応予測等)
3.1. 策定したプロジェクト憲章の内容
最初に行ったのが、プロジェクト憲章の策定です。今回のプロジェクトでは、次のような構成の10ページ程度のスライド資料を用意しました。
【「カスタマーハラスメント対策プロジェクト」におけるプロジェクト憲章の構成】
プロジェクト概要
プロジェクト目標―スコープとQCD(品質・コスト・納期)
実行スケジュール
実行推進体制
ステークホルダー、前提条件、制約条件及びリスク
進捗管理と課題管理等
コミュニケーション管理
以下は実際のプロジェクト憲章の一部です。特殊/専門的なドキュメントではなく、関係者誰もが理解できる分かりやすい構成のスライドとなっています。
【プロジェクト憲章のイメージ(一部)】




(補足)プロジェクト・スコープの赤色のマスク部分は、継続協議の対象スコープ
(出典)横須賀市提供資料
【プロジェクト憲章の要旨】
資料名:カスタマーハラスメント対策プロジェクト(プロジェクト憲章(案)/2025年6月12日)抜粋
基本理念
背景・課題
目的
成功基準(KPI案)
スコープ(活動スコープ)
成果物(ドキュメント等)
期間
品質(目標KPIの例)
進捗・課題・リスク管理(運用ルール)
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3.2. プロジェクト憲章策定の経過
プロジェクト憲章の策定は以下のスケジュールで進められました。プロジェクト憲章は文書そのものよりも共通認識の形成に向けたプロセスそのものが重要となります。短期間ながら緊密なコミュニケーションをとりながらとりまとめを行いました。
2025年3月末:幹部会議にてプロジェクト開始宣言
カスタマーハラスメント対策プロジェクトを組 成し、プロジェクトマネジメント手法を導入しながら進めていくことを決定
2025年4月上旬:プロジェクト憲章の準備
松本氏がプロジェクト憲章の叩き台(ドラフト)を作成し、関係部長と対話を重ねて練り上げた
2025年4月24日:プロジェクトのキックオフ会議、現状分析フェーズ(課題特定)の開始
カスタマーハラスメント対策プロジェクトのキックオフ会議を開催。プロジェクト憲章(案)を提示し、メンバーと現状分析フェーズの開始も含めて意見交換を実施
2025年4月中旬~6月中旬:各部長と個別レク
カスタマーハラスメントの被害を受けている部を中心に、課題特定を目的に実態の把握と要望についてヒアリング
2025年6月25日:対策の方向性の共有と構築フェーズの開始宣言
幹部会議にて、現状分析フェーズの活動経過と今後のカスタマーハラスメントへの取組みの方向性を松本氏が共有
3.3. プロジェクト憲章策定過程での生成AIの活用
プロジェクト憲章の叩き台を作る際は、生成AIを「壁打ち相手」として活用しました。これによりプロジェクト憲章として定めるべき内容について、幅広い観点のアイデアやフィードバックを迅速に得ることが可能となり、短時間で質の高いドラフトの作成が可能となりました。こうして生み出された時間はメンバーとの対話や、他のプロジェクトのフォローに時間を使うことも可能になります。どのようなプロンプトを使えばよいかさえ共有すれば、初めての職員でも問題なく使いこなせます。
4. プロジェクトマネジメントの導入効果
プロジェクトマネジメント手法を導入したことにより、以下のような効果を得ることができました。
4.1. プロジェクトに対する効果
長年懸案となっていたカスタマーハラスメント対策について、最初の一歩を踏み出し、軌道に乗せることができた。
プロジェクトの価値やゴールを明確化し、共有することで、チームメンバーの間で一体感や主体性が醸成された。
カスタマーハラスメントの被害を受けている職員から非常に喜ばれ、チームメンバーにとってモチベーション向上に繋がったこと
4.2. チームメンバーの変化
メンバーが自ら主体的に動けるようになった。例 えば、研修があれば、指示がなくても自然に率先して研修の準備が進むようになった。
プロジェクトリーダーが、プロジェクトを進めていく過程で研修の司会などの経験を積むこととなり、プロジェクト遂行への自信をつけた。
なお、このような変化においては、プロジェクトがうまくいっているという実感と、定期的なポジティブフィードバックが重要でした。また、自分たちの取り組みが窓口部門から評価されていることのフィードバックを得ることも効果的でした。
5. 行政組織におけるプロジェクトマネジメントの進め方
一般的に、行政組織は縦割りの組織風土が強いため、民間企業以上にゴールと推進体制の明確化が必要です。その点で、プロジェクト憲章の作成と共有は、プロジェクトをスムーズに進めていくうえで効果的でした。また、行政組織は計画を立て、進捗管理しようとする組織風土が弱いので、この点を徹底できると、プロジェクトを着実に進むようになります。ただし、プロジェクトマネジメントの方法論やフォーマットはシンプルであることが大原則です。各種の管理を行うためのフォーマットや進捗確認の打合せも簡素な内容にし、現場職員の負担を少なくすることが、プロジェクトマネジメント手法の導入・定着にとって重要です。
6. 行政組織にプロジェクトマネジメントを導入していくうえでの工夫
前述のとおり、横須賀市では、プロジェクトマネジメント手法を全庁的に導入しているわけではなく、一部のプロジェクトでの実践や興味のある職員によるスキル習得などを通じて、部分的に実践しているにとどまっています。米国PMIが認定するプロジェクトマネジメント資格「PMP(Project Management Professional)」を持っている職員も4名いますが、資格取得には時間も費用もかかるため、強制することはできません。
こうした制約条件の下で行政の業務にプロジェクトマネジメン ト手法を導入していくために、以下のような工夫を行っています。
(1) 伴走者(コーディネート役)の配置
プロジェクトマネジメントは、単に知識を習得すれば実践できるというものではなく、伴走者の存在は重要です。横須賀市では、松本氏がプロジェクトマネジメント手法の導入・実践の伴走役として、IT系・非IT系問わず様々なプロジェクトで職員のサポートを実施しています。
(2) 少しずつの導入・浸透
前述のとおり、いきなり全庁的に導入しようとせず、関心を持ってくれている職員から普及させていくことが重要です。プロジェクト憲章についていえば、用語自体が普及・浸透している状況ではないが、「プロジェクトを開始する時はこういうことを検討・記載する必要がある」ということについては理解している人も増えてきています。
(3) プロジェクトマネジメントを経験する機会の創出
プロジェクトには、「原理原則の対応」と「変化球への対応」という2つの側面があります。「原理原則の対応」とは、プロジェクト憲章をしっかりと作り込み、メンバーを巻き込みながらゴールを明確に定義することです。これはシステム導入であれ、業務改革であれ、どのようなプロジェクトでも共通して必要となる不変の基本です。一方で「変化球への対応」、すなわち予期せぬ事態や複雑な利害調整への対応は、すぐには身につきません。これを身につけるためには、知識だけでなく、様々なプロジェクトの「経験」が不可欠となります。
7. 公的機関へのメッセージ
行政のDXでは、技術や知識、ツールの活用に目が行きがちですが、たとえば「ノーコードやローコードツールをたくさん作ったこと」自体はDXの成果ではありません。3年 前後で職員が異動してしまう組織特性の中で、運用や引き継ぎを考慮せず、ドキュメント作成に対して不十分になり、将来の負債となる「野良ツール」を量産しているに過ぎません。ツールの活用も重要ですが、目の前の課題の解決にあたり、スコープ・コスト・スケジュールの管理にコミットするプロジェクトマネジメントもDX推進において重要なスキルと言えるでしょう。行政組織内のどこの組織に所属しようが、プロジェクトマネジメント手法を身につけることは非常に有効であります。
プロジェクトマネジメントと言えば、システム導入などのIT系の案件を想像しがちでありますが、今回の事例のように、非IT系の分野においてもその手法を適用することで、プロジェクトを成功に導くことが可能となります。
地方公共団体をはじめとした他の公的機関の皆さんに伝えたいのは、プロジェクトマネジメント手法を導入する第一歩として、「ゴールと目的を示すこと」から始めてほしいということです。立派な資料を作ることが目的ではありません。プロジェクトのゴールと目的について、メンバーと徹底的に議論する。そのコミュニケーションこそが、プロジェクトを動かすために重要となります。
取組者/編著者プロフィール
松本敏生
横須賀市・市長特命参与(構造改革担当部長)
関西大学工学部卒。民間企業に約25年間勤務後、2016年6月よりシステム開発担当課長(任期付き職員)として渋谷区に所属し、庁舎移転を機会とした働き方改革とDXを推進。2020年7月より横須賀市・ICT戦略専門官に着任、2024年4月より現職にて、DX推進以外も対象に幅広く改革を担当。PMP、ITストラテジスト、システム監査技術者、プロジェクトマネージャ等の公的資格を保有。専門分野はCRM、プロジェクト・マネジメント、意識改革の推進。

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